2歳児の保育「三つ子の魂 デシデシドン1」

1,2歳児クラスの18人+3

5月下旬

 その日はシフトの関係でリーちゃんと一緒に9時半出勤だった。二人で連れ立って二歳児室の戸を開けるとルーシーが一番月齢の低い義樹をおんぶして、あやしながら子どもたちに早く座るように声をあげていた。

「はやくすわってください!おやつですよー!」

隆二、渡、武士は何事においても一番を狙っているのですでに座っている。時折後片付けなどをしない時があるので、僕たちに引き戻され、しぶしぶ後片付けをすることになるのだが、今日はどうだったんだろう。千穂、あき、瞳、朝美もすでに座っていた。

 知香はパートの渡辺さんにトイレの入り口あたりでオムツを換えてもらっていた。トイレは部屋の一番奥にある。トイレにいるのはどうやら幸夫と波らしい。善と友子は部屋の中央でブロックでまだ遊んでいる。善は列車のようなものを作っていた。たぶん新幹線。ブロックでそれとわかるものを作ることはすごい。友子はお城だか家だか大きな塊を作っていた。更にどんどん積み上げている。そばにはブロック入れのかごが出されている。誰かに片づけるようには声を掛けられたのだろう。そのわきでうつぶせになってミニカーを顔の目の前で一心に走らせているのは太郎だ。

 部屋奥の右手のままごとコーナーでは床やテーブルに皿、コップ、食べ物が散乱し、宴をともにしたクマだの、イヌだのがあおむけになって寝そべっていた。足の踏み場のないようなところを康江、薫、麦がとりあえず片付けようとはしているのか皿や、コップを持ってうろうろし、達彦がソファに座って赤ん坊の「ぼぼちゃん」をあやしながら友だちの後片付けを見ていた。。

 

 この2歳児クラスは18人。どうやら全員が来ている。24歳のルーシーと27歳のリーちゃんと40代半ばの僕の3人がこのクラスの担任だ。一番若いルーシーは保育士4年目。元気なというよりは「おきゃん」という言葉が似あう。小学生の頃の髪形がスヌーピーの漫画に出てくるルーシーの髪形に似ていたのでそういうニックネームがついたらしい。性格はあそこまではきつくはない。というか、子どもにはとてもやさしい。去年も2歳児を担当しておりその前は0歳児担任として今の2歳児の子どもたちを担当していた。部活は個人系運動部「それ以上は言えない」らしい。

 リーちゃんはルーシーより3歳上の27歳。リーちゃんの由来は「ゆりこ」の「リ」でリーちゃん。別の仕事を経て保育士になった新人保育士。演劇部出身で自称舞台女優兼アーティスト。言っているだけあって絵や歌も上手。セミロングにソバージュをかけ、それを一つに束ねている。いろんな職場を経験しているのか明るい中にも落ち着きがある。一度カラオケ屋で彼女が歌う「天城越え」を聞いたことがあるが「絶品」だと個人的には思う。情念がメラメラしていた。隠された何かがあるかもしれない。

 僕、本名玉田敬冶(たまだけいじ)47歳。23歳女子、21歳女子、19歳男子、の3人の子ども在り。皆、就職や進学で家にはいない。ヘルパーの連れ合いと二人暮らし。前職は土木会社勤務。主にマンションやビル、公共施設の下水工事を中心に時折、一般住宅のトイレの水洗化工事もやっていた。が膝と腰を痛め、さてどうしようかと思っていたときに連れ合いの友人の今の園長に声を掛けてもらった。職員の多様性を進めているところにたまたま僕が目に留まったらしい。相当な収入減になりそうだったが、子育ても一段落してそれを受け入れる素地もあり、何よりも子どもを相手にする未知の仕事に興味がひかれた。連れ合いに背中を押してもらい、何とか国家試験で資格を取ることができ、保育士の道を進むことになった。今年で3年目。初年度はフリー保育士、2年目は3歳児の副担を経験した。

 担任二人のいない間、50代のパートの渡辺さんとそしてルーシーで子どもたちを見ていたようだ。先週の打ち合わせではもう一人誰かが入ってくれる予定のはずだが姿が見えない。一番月齢が低い、3月生まれとはいえ2歳児をおんぶして声を掛けている姿を見れば、ルーシーのてんてこ舞いぶりがすぐにわかった。思わずリーちゃんのほうを見るとリーちゃんはリーちゃんであっけに取られている風だった。

「二人とも何ぼーっと見てんのよ、早く手伝ってよ!」

僕たち二人の一瞬の棒立ちを見逃さずルーシーが言った。ルーシーは肩まである栗色の髪を一つにまとめている。今は例のルーシーヘアーではない。その髪を背中の義樹はじっと見ていた。何を見てるんだろう。

「あーごめんごめん、もう一人居てくれるはずじゃなかったの?」

部屋に入りながらルーシーに聞くと

「今までモコさんがいたんだけど、もうすぐ二人が来るからって0,1に行ってる。ルンルンが休みだって。ちょっと、よしくん!」

義樹がルーシーの首を指先でかりかりしていた。髪じゃなくて首筋に何か気になるものでもあったのか。もこさんは主任、「ともこ」で「もこ」、ルンルンは0,1クラスの担任。「るみ」でルンルン。常に人手はぎりぎりだ。

「皆さん、おはようございます。」

と子どもたちを見渡して挨拶をした。こちらを向いたのはテーブルに座っていた武士、朝美、千穂、あき、瞳。隆二と渡はこちらを見ずに二人でふざけあっている。

「おはよう。」とはっきりとあいさつを返してくれたのは武士、朝美、瞳。千穂とあきは少しはにかみながら微笑んでくれた。そのほかのテーブルにいる以外の面々は気づいていない。お片付けをしている最中の何となくのざわざわ感の中で僕の挨拶が耳に入らなかったのだろう。

 リーちゃんがルーシーの後ろに回ってルーシーに

「いいよ。」

と声を掛けるとルーシーが

「お願い。」

と言っておんぶひもを緩めた。義樹はおとなしく、リーちゃんに後ろから両脇を抱えられてルーシーの背中から降ろされた。

「よしくん、どうしたの?」

義樹をおろしながらリーちゃんが聞いた。

「なんだかぐずっちゃって、なかなか機嫌、直してくれないし、おかたづけの時間だしと思っておんぶしちゃった。」

おんぶひもで少し横にずれたエプロンを直しながらルーシーは言った。

「重くなかったの。」

「重かったよ。」

当たり前じゃん、という声が聞こえたようだった。

「だよね。よしくん、オムツ、変えようか。」

リーちゃんがかがみこんで義樹に言うと、義樹はかすかに頷いた。リーちゃんは義樹をトイレ前の渡辺さんの前まで連れて行った。渡辺さんは知香のオムツを換え終わったところだった。渡辺さんのわきで幸夫と波がパンツをはこうとしていた。

「おはようございます、渡辺さん、よしきくんお願いしてもいいですか。」

と頼むと渡辺さんは

「ハイハイ大丈夫よ。よしきくん、パンツ換えようか。それともトイレに座ってみる?」

と義樹に声を掛けた。

 

 僕たちが部屋に入るのを確認するとルーシーは子どもたちのすわるテーブルの前に丸椅子を持ってきて「トントントン」と「ひげじいさん」の手遊びを始めた。シフトで一番早く来る人が「リーダー」として保育を引っ張る。今週はルーシーだ。テーブルにいる子どもたちはその歌に合わせて手を動かしている。ほとんど反射的に動いていると思う。体で覚えているのだろう。歌の意味がどれほど分かっているか疑問だけれど、歌に合わせて身体を動かすことがとても楽しいんだよという彼らの気持ちは十分に伝わってきた。その楽しさが部屋の中に伝染していく。オムツを換え終わった知香や幸夫もルーシーの手の動きを見ながらテーブルに座っていく。

「これもお願い。」

ロッカーに自分のトートバッグをしまい終わったリーちゃんはままごとコーナーに赴き、自らも片付けながら、片付けやすそうなものを子どもたちに渡して丁寧にお願いをしていた。子どもたちはリーちゃんからおもちゃを受け取り、所定の場所に置いていく。薫、麦、康江は受け取る、置く、戻る、受け取るというリズムが心地よいのかどんどん受け取って片付けていく。

「みんな、すごいね、お片付けじょうずだね。」

リーちゃんがほめると3人顔を見合わせ、にっこり微笑み、康江は今度は自分で床に転がっているぬいぐるみを片付けた。それを見た薫と麦も床に落ちているものを自分で拾って片付け始めた。

「たっちゃん、ぼぼちゃん、もう寝たからベッドに寝せてあげて。」

ずっと座っていた達彦にリーちゃんが声を掛けると、リーちゃんのほうを見たがまだ動かない。

「ベッドはあそこですよ。」

そういうとようやく立ち上がり、いつもお人形を入れている段ボール箱にぼぼちゃんをそっと入れた。

 

 「渡辺さん、ありがとうございます。」

リーちゃんの後からリュックをしまい終わって僕は義樹のオムツを換え終わった渡辺さんに声をかけた。

「はい、それじゃあとお願いね。なんだか少し落ち着かないみたい。走っている子も多かったし。」

「わかりました。様子を見てみます。」

 保育士は往々にして「子どもが落ち着いていない。」と子ども側に非があるように言ってしまうけど、担任がいないとか、遊ぶ環境が整っていないとか、天気がどんよりしているとか、暑いとか寒いとか、子どもの外側に原因があるほうが多い。月曜の今日は子どもたちの「落ち着きのなさ」は「休み」が原因だ。「休み」は「休み」でも今は「休み」の意味は違ってきている。「休み」は休むものではなく活動する日だ。お父さんとお母さんとさらには兄弟姉妹と休みが合うのが土曜、日曜。どこかに行きたいし何かもしたい。行楽地に行くことが負担ならせめて近くのモールにでも行こうか。とにかく家族一緒に楽しまなくちゃならない。かくして休み明けの月曜日はお疲れ気味になるし、テンションもよくわからないけど上がってしまう。それはそれでしょうがない。「午睡はいつも以上にたっぷりとるよね。」とリーちゃん、ルーシーと話をしているのだがその影響かもしれない。

 0,1,2歳児クラスで週ごとに勤務のシフトを回しているのだが、年度の前半の勤務シフトの回し始めは不都合が起きることがよくある。今日みたいに9時半まで「助っ人」を頼みながら、担任一人で子どもたちを見ることは明らかに不都合だった。まだこの時期、担任すらなじんでいないところがあるのに、たまに入るフリー保育士さんにはなおさらだ。それに加えての人手不足。そんなこんなで朝のルーシーの苦労は起こってしまった。主任のモコさんが入っていたのでそのことはわかっただろうから早急に変更してくれるだろう。

 

 ままごとコーナーのお片付けが終わった薫、康江、達彦がトイレにやってきた。このクラスはこの時期、3分の1がパンツ、残りがパンツ型のオムツ、通称紙パンツをはいている。排泄の自立は2歳児クラスの大きな目標のひとつだ。排泄にかかわらずお着換えなどの着脱や手洗い、顏拭きなどの清潔など、いわゆる日常生活習慣を身につけることが目標だし、またその力もついてくる時期だ。2歳児クラスは保育士が子ども6人に1人の割合で配置されるが、3歳児クラスは基本的には20人に1人だ。保育士の手厚いうちに自立を果たしておかなければ3歳児クラスではこまめな援助は難しくなる。概ね2歳児クラスの1年のうちにオムツは卒業していく。かつては0歳児からオムツを外す保育がされていてずいぶん親にも子どもにもプレッシャーがかかっていたようだが、そんなことをしなくてもだいたい大丈夫だ。「いつかは外れる。」周りがそう思っていると子どももそんなもんと思って自然に外れる。そうでない子どもはもしかしたら発達の面でゆっくりな部分はあるだろうけれど、それは排泄だけではなくもっと大きな視点が必要になる。

 慌てる必要がない一方でもう少し慌ててもいいんじゃないのということもある。僕たちが子育てを始めた80年代中盤は紙オムツが出始めてはいたが我が家はまだ布おむつを使っていた。子どもが歩き始めたころ、布おむつではもこもこしていかにも歩きにくそうで、完全にオムツが手放せるわけではないけれど、「ええーいとっちゃえ!」という感じでトレーニングパンツに換えた覚えがある。同時におまるも併用して子どもにその兆候が見えればおまるに座らして、出たらほめまくるということをしていたような・・・。親のほうは多少のおもらしも気にしない。拭けばいい、そんな感じだった。今は子どもがおもらしをして汚してはいけないものがいっぱいある。マイカー、こぎれいな部屋のじゅうたんなど。さらに紙オムツ自体も進化して多少オムツにおもらしをしても布と違って気持ち悪くならない。データによると2リットルはいけるらしい。むしろいい感じの肌ざわり。親も子どももさほど紙オムツというものに抵抗感がなくなっているかもしれない。忙しくなる一方の保護者にとってもはやなくてはならないものだ。かくして紙オムツを外すのがどんどん遅くなっていく。もしくはここ一番漏らしちゃ困る場面で大きい子にも気軽に紙オムツをはかせてしまう。人によっては快、不快を知る契機になるはずの出来事がなくなっているとか、オムツを頻繁に変えることでできる親子のコミュニケーションの機会をなくしている、環境汚染、石油由来の材質が肌にはよくないなど弊害はいろいろありますよ、と警鐘を鳴らしている。保育園によっては布おむつのいいところを認め、親の負担にならないように保育園でリースの布おむつをしているところもある。

 

 トイレの入り口にはホームセンターで売っているカラーボックスが二つあってそこにオムツ道具一式がプラスティックのケースに入っている。紙パンツ数枚。紙パンツのおしりのところに名前を書いてもらっている。おしりふきナップ、おしりに敷くタオル。これは衛生面での理由から、おしりが直接床に触れないように敷くタオルでバスタオル半分ぐらいの大きさのものを用意してもらっている。毎日、保護者がオムツの枚数をチェックをして足りない数を補充している。ケースの正面には子どもたちの顔写真が貼ってある。それで子どもが自分のものだとわかる。自分の顔がわかるんだ、とはじめは感心した。僕が子どもの頃は自分の写真を見る機会も、鏡を見る機会もあまりなかったような気がして自分の顔ってどんな顔?だったと思う。

「かおちゃん、やっちゃん、たっちゃん、おしりしきと、オムツ、もっといで。」

3人に声を掛けると薫はさっさとずぼんと紙パンツをおろして、自分のケースからおしりしきと新しい紙パンツを持ってきて履き替えようとした。

「かおちゃん、さきに・・・」紙パンツ持ってきてから脱ぎな、という間もなかった。薫は保育士が声を掛けたときにはあまり積極的にトイレには行かないが、紙パンツが重くなるといつも自分でさっさと替えていた。それはそれでいいかなとは思うが、薫の去った後にたっぷり尿を吸った紙パンツがいつもごろんと脱ぎ捨てられていた。さすがに使用済みの紙パンツを片付けるのは保育士の仕事だ。おしり敷きに座って新しい紙パンツをはいている薫の横にある古い紙パンツは朝、一度取り換えたにもかかわらず、タッポンタッポンだった。僕は紙パンツを丸めてとりあえずトイレの入り口の隅に置いてあるプラケースに置いた。このプラケースは45センチ×30センチ高さ10センチのサイズで紙パンツの仮置きとして使っている。紙パンツは衛生上の問題から蓋つきのごみ箱に捨てなければならない。トイレの一番奥にそのゴミ箱はある。いちいちそこまで行くのは面倒なのでかごに仮置きしておき、ある程度まとまったら捨てる。

 薫はさっさと紙パンツとズボンをはき、おしり敷きを片付け、行ってしまった。康江は僕の背中にもたれかかってそのまま動かず、達彦はトイレロッカーの前まで行ったはいいが自分のケースが今一つわからないふうだった。

「やっちゃん、おしり敷きと紙パンツ持っといで。」

僕は背中にもたれている康江を僕の背中を前後に動かして康江をゆすりながら言った。康江はそれには答えず両手を僕の首にまわした。

「おーい、やっちゃーん。」

声を掛けたが応答なし。達彦がまだ見つけられないので

「やっちゃん、ごめんね。」

と言いながら康江の手を僕の肩から外してトイレロッカーににじり寄った。

「たっちゃん、ここだよ。たっちゃんのかおのしゃしん、はってるでしょ。」

達彦の写真を指さしながら僕は言った。達彦は無言で写真の自分の顔とにらめっこしていた。僕は達彦のケースからおしりしきと紙パンツを取って

「トイレ行ってみる。」

と聞いたが首を少し横に振ったので

「じゃ、紙パンツはくのを手伝うから」

と誘った。達彦はこの春から保育園に来たばかりな上に月齢も低い。概ねママにやってもらうことも多いのだろうと思えた。達彦のものを取ったついでに康江のものも取った。

「たっちゃん、やっちゃん、かえますか。」

二人のおしり敷きを広げながら、二人に言った。

「たっちゃん、おいで、かみパンツぬごっ。やっちゃんもぬいでて。」

と康江に言った。達彦よりは康江のほうがまだ自分でできる。康江は自分のおしり敷きが敷かれたので僕の後ろからおしり敷きの前に行った、もぞもぞとズボンとオムツを一緒に脱いだ。おしり敷きを見たことで康江に少しスイッチが入ったんだと思う。裏返った紙パンツには黄色っぽい液体が見えた。達彦は両手を僕の肩にかけ顔はルーシーのほうを見ていた。ルーシーは子どもたちに話しかけながら本を読んでいる。僕が達彦のくるぶしまで紙パンツを下げ、

「たっちゃん!」

と声を掛けると左、右と足踏みをした。そのタイミングに合わせ僕は左、右とオムツを達彦の足から離す。

「たっちゃん、はいてごらん。」

僕はおしり敷きのところに紙パンツとズボンを並べておいて達彦に言った。

「ほら、やっちゃんみたいにして。」

隣では康江がおしり敷きに座って紙パンツをはこうとしている。紙パンツは膝のところまで上げられていた。

「やっちゃん、じょうずだねー。もうちょっとだね。」

僕は脱ぎ捨てられた二人の紙パンツをくるんと丸めて紙パンツについてあるテープで止め、トイレの横のかごに放り込んだ。太ももまでパンツをあげると康江は一度立ち上がって紙パンツをおしりまで上げ、再び座ってズボンに足を入れ、また立ち上がってズボンをあげた。あげたはいいがズボンが紙パンツに引っかかっている。

「やっちゃん、ちょいまち。」

僕はそういって康江のズボンのゴムに両手をかけ後ろを腰まで上げ、ゴムのよじれを直すため、ゴムをなぞるように後ろから前に両手を滑らせた。

「オッケー」

康江にそう言うと、康江はちらりと後ろを見た後、しゃがんでおしり敷きをわしづかみにしたので

「やっちゃん、たたむね。」

と康江に声を掛けおしり敷きを受け取って畳んで康江に渡した。達彦のほうはというと右の足首にオムツは入ってはいたが、本人は股についている突起物が気になるのかいじり始めたので

「たっちゃん、おてつだいするから。」

と声を掛け、達彦の手首を取って、

「たっち。」

というと達彦は立ち上がり、脱いだ時と同様両手を僕の肩に置いた。一瞬、あれを触った手か、と思ったがそんなことを気にしていたのではきりがない。オムツをあげズボンをはくのを手伝い、おしり敷きを畳んで

「これかたづけといで」

と渡した。自分のところがわかるかな、と見ていると今度はわかったみたいでおしり敷きをしまうことができた。

「たっちゃん、じぶんのところわかったんだね。おててあらっておやつたべといで。」

と手洗い場を指さして言うと、達彦はルーシーのほうをまた見ながら手洗い場のほうに向かって行った。

 

 片づけを終わってトイレに来るでもなくブロックチームのところでうろうろしている麦に声をかけた。

「むーちゃん、トイレは?」

「でない」

「あーそうなん。紙パンツは?」

「でない」

「いやそうでなくて」

いかにも重そうな股間

「ちょっと紙パンツ、さわってもいい?」

「うん」

あれ、意外に素直。触ってみるとむにゅっ。

「むーちゃん、えらいことになってるよ!」

にゃッと笑う麦。こやつ知っていたな。

「パンツ変える前に一回すわっておいで。」

すわって出すということが用を足すということを知るため、子どもたちにはとりあえず座ることをすすめる。オムツを変えたりすることを拒んだりする子も多い中で、トイレに行くことはどちらかというと皆、積極的だ。未知への冒険。麦は無造作に紙パンツとズボンを一緒に足首まで両手で下ろし、最後は右足、左足と足踏みをして紙パンツを脱ぎ捨ててトイレに行った。麦の紙パンツを持つとずっしり、薫同様、タッポンタッポン。ちょっと見過ごしすぎてしまった。麦は便器に座って、トイレットペーパーをいじったり、床とにらめっこしたり、探索活動に余念がない。

 1,2歳児用トイレはおまるの形をしている。通常のトイレに比べるとかなり小さい。にもかかわらず隅についている水の入ったタンクは通常のものと一緒だ。もったいないと言えばもったいないが計算上それだけの水量が必要なのかもしれない。ここのトイレは便器が4つ。水色とピンク。女子はおおむねピンクを選びがち。ピンクじゃなきゃ行かないという子もいるにはいる。麦もそうだ。ルーシーやリーちゃんに「なんで女の子はピンクなんだろう。」と聞いたら「好きなキャラクターやグッズがあからさまにピンクに誘導しているからよ。生まれつきピンクが好きなわけないじゃない。」と言っていた。

 便器と便器の間にはパーテーションがあるが扉はない。死角を作るのがよくないからだろう。

「でたー」

麦が大声で叫んだ。

「どれどれ」

見に行くと立派なバナナうんち。不思議なことにこんなに体が小さいのに出てくるものが大人のそれと変わらない。

「むーちゃん、すごいね、立派なバナナうんちだね、よかったね。」

そう言うと麦もどや顔で笑っている。紙パンツに小さいほうをたっぷりする一方で、大きいほうはトイレでできる。排泄の自立は行きつ戻りつだ。どや顔はまだ少し早いと思うのだが。

「おしりふくからね。」と言いながら麦の体を少し前かがみにしておしりを拭く。ウオッシュレットまではついていない。

「てあらってかみパンツをはくか。」

僕が手を洗っている隣の蛇口を麦はひねった。彼女はトイレで便ができる、さらに手も洗うことができる。蛇口を回し流れる水に手をあててこする。洗い終わったらまた蛇口を閉めてペーパーを取って手を拭く。これら一連の操作を行うのは実は大変だが僕たちは簡単に言ってしまう。「ちゃんとあらって!」「ちゃんとしめて!」「ちゃんとふいて!」

 麦は自分のケースからおしり敷きタオルとオムツを取り出しタオルをひいたはいいがおなかをぼりぼりかきだした。

「むーちゃん、みてごらん、ルーシーがおもしろそうなほんをよんでいるよ。」

横目でそれを見ながらのろのろと座ってオムツを履き出した。

「むーちゃん、お姉さんパンツは。」

ケースの中のオムツの横にはママが用意したネコのキャラクターがついたピンクのトレーニングパン.ツ、通称「お姉さんパンツ」、略して「オネパン」が入っていた。麦ぐらい言葉も出ていて、トイレに座れば大きいほうもできるので「その気」になればオネパンでもいけるとは思うが、本人的にはそうでもないらしい。麦の応答もないし、あんまり勧めて本人が嫌がるのも何なんでその話題はすぐに打ち切った。

 その時、のんびりしていた達彦がルーシーの読んでいる本に興味を持ったのかあっという間にずぼんをはいて行ってしまった。それを見た麦は負けてなるものかと思ったのかギアが入り、すくっと立ち上がり紙パンツをあげ、急いでまた座ってずぼんをはき、再び立ってズボンをあげて、おしり敷きタオルをわしづかみにしてケースにほり込み行ってしまった。

 

 ルーシーは手遊びから絵本に移っていた。今日の絵本は「はらぺこあおむし」。みんな食い入るように見ている。

子どもたちのすわるテーブルは高さ40センチ、天板は畳一畳の三分の二ほどの大きさ。そこに6人が椅子に座る。それが前にいる保育士から見て縦向きに3列に並んでいる。席は決まっていない。子どもたちが好きなところに座っていく。ルーシーは絵本を掲げて子どもたちの顔を見渡しながら言葉をゆっくり、はっきり言いながら読み進めていく。土曜日の食べ物が並んでいる絵を指で指し示しながら「これはなーに?」と順番に問いかけ子どもの何人かそれぞれにこたえる。

「チョコレートケーキ」

「アイスクリーム」

「キュウリ」

「ちがうよ、ピクルスだよ。」

「たけちゃん、よくしってるね。あさちゃんもキュウリににてるものね。」

「チーズ」

「ソーセージ」

「ソーセージはあとからでてくるからね。これは」

「サラミ!」

武士が叫んだ。

「そうそう、サラミだね。」

1歳児クラスの時から子どもたちはこの本に親しんでいる。どんなものなのかよくはわからないとは思うけどピクルスやら、サラミなど音で覚えてしまっている。にしてもほかの食べ物はともかくこの二つを本当に知るのはしばらく時間がかかるだろう。

 

 一番最後までお片付けが終わらなかったブロックチームがリーちゃんの助けを得ておかたづけを終わらせた。色ごとに分けてかごに入れるので片付けやすいと言えば片付けやすく、かたづけが始まれば仕事は早かった。

「ぜんちゃん、ともちゃん、トイレいっといで。ルーシーがほん、よんでるよ。」

リーちゃんが二人に声を掛けた。ルーシーが面白そうな本を読んでいることにようやく気付いた二人は急いでズボンとパンツを脱ぎ捨ててトイレに行った。善は紙パンツ、友子はオネパンだったので僕は善の紙パンツはくるんと丸め、ズボンを床にならべ、一緒に脱がれている友子のパンツとズボンを分けて床に並べた。トイレが終われば二人とも自分のケースからおしり敷きやオムツを持ってきて並んでいるズボンの前におしり敷きを敷いて履き替えるはずだがどうだろう。オネパンの友子は簡単にはくだろうが月齢の低い善は少し苦労するかもしれない。

 リーちゃんはおやつの準備に入り、僕は善と友子が着替えているのを見ながら中央でミニカーを走らせて遊んでいた太郎に話しかけた。

「たろちゃん、ほらみてごらん。」

そう言いながらルーシーのほうを指さしたがあまり興味を示さなかった。以前に一度、僕が昭和のおやじよろしくミニカーを取り上げたところ「くるま、くるま」と泣きながら取り返そうと僕にすがってきた。抱っこして落ち着かせようとしたが、まず抱っこを拒否し、泣き止まず、部屋の外に連れ出し落ち着かせようとしたが全くダメだった。

「くるまですこしあそんだらせきにつくんだよ。」

と何を言っても聞く耳を持たない太郎に対して、半ば自分を納得させるためにミニカーを太郎に渡しながら言った。ミニカーを手にすると嘘のように泣き止み、また横になってしゃくりあげながらミニカーを転がして遊んでいた。その後、

手遊びだったり紙芝居だったり、太郎のアンテナに引っかかるものがあれば自分でトイレに行き、座ったりもした。その後も声はかけ続けたが保育士の声がけよりははるかに自分で納得をして動くということが多かった。言葉への理解が進めば、または保育士に対する信頼が大きくなればまた変わってくる可能性はあるが今のところ彼の場合は、自分で納得できるかどうかが切り替えのポイントになっている。

 予想通り友子はさっさとパンツとズボンをはき終わり、善は少し焦ったようにズボンをはこうとしていた。しかし僕は見つけてしまった。これを見過ごすことはできなかった。

「ぜんちゃん、かみパンツはけてるんだけど、おしい!パンツがはんたい!」

善のママがマジックで大きく、太く書いてある「ぜん」という名前が前にきている。つまりは後ろ前ということになる。並べて置いたときはそのまま履けば後ろ前になるはずはないのでけれど、何かの拍子で逆にはいてしまう。大人から見れば「なんで」となるけれどありがちなことだ。一回持ち上げて、何かの拍子で落として逆になるとか、そもそも後ろを前とかんちがいするとか、子どもの世界は大人にはわからない不思議なことで満ちている。善は自分のパンツを見たがよくわからない風だった。

「ぜんちゃん、マジックでなまえかいてるほうがおしりだからね。」

と言いながら僕は善の紙パンツに手をかけ下げた。善は素直に足踏みして紙パンツを脱ぎ、僕はすぐに後ろと前を逆にして善の足に当てがった。善はまた足踏みをして紙パンツに足を入れ、僕は膝まで上げて

「ぜんちゃん、あとはできるかな。」

と言った。善は返事をせずにすぐに紙パンツを自分で上げ、座ってズボンをはきにかかった。

 

 太郎以外の子どもたちが座ったのを見てルーシーは子どもたちの名前を順番に呼んでいった。「○○ちゃーん」と呼べば「はーい」と手をあげる。お決まりのと言えばお決まりではあるけれど、リズミカルに進めばそれはそれでみんな今日も元気だとわかるし、声に張りがなかったりもじもじしたりしていると、どうしたのかなと気を付ける。バイタルチェックと言えばバイタルチェックになる。

 ルーシーは名前を呼んだあとおやつの紹介をしてリーちゃんと二人でおやつを配っていった。今日のおやつは野菜チップと牛乳だ。このクラスには卵アレルギーの康江がいる。彼女の席はみんなのテーブルの前に置かれた小さな丸テーブルだ。一人だけの席でかわいそうな気もするが命にもかかわる。本人は家でもママになにがしか言われているのだろう、「やっちゃんはここね」と言われた時も素直に丸テーブルに座っていた。はじめのうちはほかの子どもが「なんで、なんで」のあらしだった。リーちゃんやルーシーはその都度

「からだがかいかいになるたべものがあるからね、まちがってたべるとたいへんでしょ。だからちょっとはなれてたべるんだよ。」

と話していた。子どもたちが話の内容を納得したとは思えないけれど、ルーシーやリーちゃんの丁寧さが子どもたちに伝わったのかもしれない。さらに「なんで、なんで」という子はいなかった。

 今日は大丈夫、食べられるおやつだ。みんな配り終わったところでルーシーが

「じゃ、おやつの歌を歌って食べましょう。みんないいかな。せーの『おやつの時間だよ~』」

子どもたちは全力で歌う。保育園らしい光景だし、元気も出るが、なんで歌なんだろ、と思わないわけでもない。

 

 「あさちゃん、おやつ食べないの」

リーちゃんが尋ねると朝美はうなずいた。野菜の風味が合わないのかもしれない。おやつだからと言って皆が皆、食べるわけでもない。そもそも0,1,2歳児クラスのおやつの第一義は栄養補給だ。体が小さい分、小分けにして食べないと栄養が吸収できない。というわけでおやつ≒お菓子というイメージがあるがそういうわけではない。ただ午前、午後と2回あるおやつのうち午前はクッキーだったりおかきだったり、少し軽めのものではある。

「そっかー、おいしいとおもうんだけどなー。」

朝美は牛乳に手を伸ばして飲み始めた。

「ぎゅうにゅうはすきだもんね」

リーちゃんがそう言うとまた無言で頷いた。

他の子どもたちはあらかたむしゃむしゃ食べていた。食べているときはおおむね静かだ。ルーシーは前に座って子どもたちが食べる様子をさりげなくかつ注意深く見ていた。リーちゃんは朝美のところを離れておしぼりを配りはじめた。かごにきれいにおしぼりを並べてテーブルの中央に置くと子どもたちは皆、自分のおしぼりを取っていった。自分のものはわかるのだ。

 僕はおやつを見てようやくトイレに向かった太郎についていた。お友だちが食べ始めるのがわかると、ミニカーを箱の中に片づけ猛烈な勢いでズボンと紙パンツを脱ぎ、便器には一瞬座ってすぐにトイレから出てきて、紙パンツをはき替え、おしり敷きをロッカーに片づけ横目でおやつが何かを見ながら、腕をまくって手洗いの前に立ち、蛇口をひねって手をさっと濡らし、ペーパーで手をぬぐって空いている席を瞬時に見つけてさっと座ってリーちゃんを見つめた。その気になれば早い。

「やっと来たね、たろちゃん、リーちゃん、待ってたんだよ。」

とリーちゃんがおやつをテーブルに置きながら太郎に向かって言うと太郎はほぼ上の空でこっくりとうなずいた。視線はすでに野菜チップと牛乳に向かっていた。僕はトイレの前で一連の行為を見た後、脱ぎ散らかされた紙パンツをくるんと丸めて使用済み紙パンツを仮置きしているかごを持ってトイレにあるゴミ箱に捨てに行った。

 

 食べ終わった子どもたちはそのままテーブルのところに座って待っていた。おしぼりを畳んだり、振り回したり、口に入れたり。

「ゆきちゃん、おくちに入れないよ。ばっちいからね。ちょっとまってて。みんなでごちそうさまをしたらそとにあそびにいくからね。」

 ルーシーはそう言いながらぐるりと子どもたちの様子を見た。子どもたちが待つのも限界がある。概ね三分の二ほどの子どもたちが食べ終わっていた。

「じゃぁ、おそとにでる?」

と言い終わらないうちに武士が立ち上がった。

「たけちゃん、まだおはなしおわってないよ。」

武士は、少ししまったというような顔をして座りなおした。

「それじゃそとにいくからごちそうさまをしたら、おかたづけをして、じゅんびしてね。たべおわったひとだけでいいからね、ごちそうさまするの。それじゃ、おててをぱちっ、ごちそうさまでした。」

 皆でごちそうさまをした後、食べ終わった子どもたちはロッカーに近づいて行った。ロッカーは高さ20センチ、幅と奥行きともに40センチの棚が一列に4段とその下に高さ40センチの大きな引き出しがある。これが20列並んでいて一人当たり2段の棚が割り当てられ、上の棚にはかごがあり朝、保護者がそれにビニール袋をかけておく。それが汚れ物入になった。帰るときそのままビニール袋を持っていくことになる。それがおしぼり用と衣類用の二つが並んでおいてある。下の棚には着替え用の衣類が幅30センチほどの薔薇色のケースに入っており、空いている隙間に帽子と靴下を置いておく。下の段の大きな引き出しにはおもちゃや敷物などの保育備品が収納されていた。

 子どもたちはおしぼりを汚れ物のかごに押し込むと同じくロッカーにある桜色の帽子と靴下を取り出した。2歳児は桜色だが3歳児は空色、4歳児は橙(だいだい)色、5歳児は若草(わかくさ)色、0歳児すみれ色、1歳児は紅(くれない)色だ。子どもたちは6年間同じ色の帽子をかぶるので毎年、クラスの帽子の色は変わる。来年は3歳児クラスが桃色になる。因みにクラス名は0歳児から「うめ」「さくら」「ふじ」「あやめ」「ぼたん」「きく」「もみじ」。2歳児クラスは「ふじ」組だ。出典は花札を参考にしている。設立した人たちが悩んだ挙句、昔の人の季節感を尊重したらしい。帽子の形はおなじみの赤白帽で後ろに日除けがついている。はじめはどうしてもそのフォルムになじめなかった。日除けのついた帽子など映画の中の日本軍の本当に疲れ切った南方の兵隊さんがかぶっているものしか見たことはなく、あまりよい印象はもっていなかった。保育園で働く前までは子ども用のそのような帽子は見たこともなかった。しかしこの地球温暖化による猛暑の影響なのか日除けがまた脚光を浴びているようだ。どこの保育物品を作る会社も乳幼児用帽子に取り外し可能な日除けを付けるようになった。僕たちは残念なことにこれからの子どもたちに地球温暖化、気候変動との戦いに駆り出してしまったようだ。

 帽子をかぶり、靴下をはいた子どもたちは部屋の扉の前に集まってきた。ルーシーは子どもより一足先に扉の前に立っていた。ここでも隆三、渡、武士、瞳、朝美が早かった。それに加えて友子もいた。集まった子どもたちが、6人であることを確かめると

「そと、いこっか。」

と言って扉を開けた。

 部屋にはまだ12人の子どもたちが残っており、三々五々おやつが終わった子どもたちが片づけをして外に行く準備をしていた。

僕は太郎の隣に座って食べるのを見ていた。

「たろちゃん、おいしい?」

太郎はこっくり頷きながらも食べ続けた。テーブルの上を片付けていたリーちゃんが

「じゅんびできたらドアのまえでまっててね、リーちゃんもいくから。」

とリーちゃんは皿を片手に持って、外に行く準備を終え、扉の前に立っている薫、麦、幸夫、知香、千穂に向かって言った。

リーちゃんは皿をお盆の上に置くと僕のほうを見て

「たまだ君、近くにいるから用意ができた子ども達、外に出していいよ。」

と言ったので

「了解」

と僕は答えた。

リーちゃんは

「あきちゃん、できた?それじゃあ、おいで。」

と今しがた支度のできたあきも一緒に連れて表に出ていった。太郎がようやく食べ終わり、後片付けを始めた。行きそびれた子どもは皆、靴下をはくことに苦戦していた。はける子は1歳児クラスの時にはけるようになるのだが家庭にいて保護者にやってもらったり、まだ月齢が低くて手指の発達がまだまだな子どももいた。善、康江、義樹が悪戦苦闘の末、漸く第1関門を突破した。第2関門は靴を履くことだ。ここはもしかしたら、リーちゃんの手を借りないとできないかもしれない。

「リーちゃん、お願い。」

僕は扉を開け廊下に少し出て、善、康江、義樹を目の前にいたリーちゃんに託した。部屋に戻って皿とコップをトレイに集め、テーブルを拭いた。トレイは隣の0,1歳クラスの保育士がついでに持って行ってくれるはずだ。

 最後まで残っていた波と達彦をあっという間に抜き去り太郎の準備が終わった。太郎は扉を開けて一人で出ていこうとしたので

「たろちゃん、ちょっとまって、リーちゃんに声かけるから。」

波と達彦を横目で見ながら扉を開け、リーちゃんに

「たろちゃんお願い!」と言うとリーちゃんは明るく

「はーい」と答えてくれた。

 事故けがが起こったときに見ていなかったというのは保育園では通用しない。時としてそれは無理でしょという時があるかもしれない。そもそも子どもの数に対しておかみが定めた保育士の人数が妥当かという問題もある。それでもしっかり子どもの動作、様子は見ておかなければならないとけなげにも保育士は考える。だから保育士同士の声掛けは大切になってくる。

 動きのすっかり止まっている波に声をかけた。子どもによっては友だちが皆外に出てしまえば自分も、と焦ったりもするのだが残ったこの二人はそんなことはあまり気にしない。マイペースそのものだ。

「なみちゃん、だいじょうぶ?たっちゃんは?」

と声を掛けると達彦は靴下を差し出した。僕はその靴下を受け取ると少しまくって右足の指の部分にはかせてあげた。達彦はすかさず右手でだけで上げようとしたがうまく上がらなかった。

「たっちゃん、りょうてでしないとあがらないよ。」

と言いながら達彦の両手に僕の両手を添えて靴下をあげるのを手伝った。靴下はするりと達彦の足に収まった。

「こっちもやってごらん」

と左足の足の部分に靴下をはかせて言った。また右手だけで上げようとするので

「こっちの手も使いな。」

と言って左手を持って靴下に添えてあげると何とかはくことができた。

「そうそう、できたじゃん。」

達彦はそれほど表情も変えず帽子をかぶって出ていこうとした。

「たっちゃん、なみちゃんをまってあげて。」

と言ったのだが待たずにさっさと出てしまった。もはや波も準備が終わりそうだったので達彦を追いかけることはせず帽子をかぶる波を待って、二人で部屋を出た。廊下を超えるとすぐに園庭に出ることができる扉があり、次にテラスがあってそこに園庭用の下駄箱があった。下駄箱の横には靴が履きやすいようにベンチが置いてある。達彦はそこに座って靴を履いていた。

「たっちゃん、なみちゃんをまってほしかったな。」

と波を達彦に見せながらいった。達彦はあっ、そっかみたいな顔を一瞬したが俯いてまた靴を履き始めた。達彦は体格ががっちりして抱っこをしてもなかなか重量感がある。一方の波は小柄できゃしゃだ。その体格の特徴は足にも表れている。がっちりした骨格の足をした達彦ときゃしゃな足の波。すっと靴が履けたのは波だった。波はそのまま園庭に走っていった。一方の達彦は右足は何とか押し込んだものの、マジックテープをはがしていないので、左足はなかなか履けず「うーん、うーん」とうなっていた。おまけに左右逆だった。

「たっちゃん、右と左ぎゃくだよ。」

と伝えたものの達彦には伝わらず「うんうん」言いながら、入らないかかとを指であらぬ方向に押すばかりだ。

「たっちゃん、たっちゃん!」

と呼びかけると達彦はようやく顔を僕に向けた。半泣きだった。

「たっちゃん、右と左と反対だからやり直すよ。」

僕はマジックテープをはがして、達彦の右足の靴を脱がした。達彦は

「うえーん」と言いながら足をばたつかせた。せっかくはいた靴を何してくれてんだというところだと思う。達彦はまだ十分に言葉は出ていなかったが、朝、登園した時、僕と顔を合わせると「バカ」とニヤニヤしながら言う。当然最初は「ばかにしてんのか」と思わなくもなかったが、どうやら彼流の挨拶のようなのでそのままにしていた。それにしてもそういう挨拶はリーちゃんにもルーシーにもなく僕だけなんけど。

「だいじょうぶ、だいじょうぶ。」

と僕は達彦に言いながらすぐに右足に正しいほうの靴を履かせマジックテープを止めた。更に左足の靴の先っぽを足に入れてあげた。達彦はそのまま履いてマジックテープを止めたが、ゆるくて、このままではおそらく靴が脱げてしまうだろう。

「たっちゃん、はけたねー。じょうずだね」

と言いながらそっとマジックテープをつけなおした。

「よしおっけー、いこっか。」

僕がそういうと達彦も立ち上がって大好きな砂場へと走っていた。

 

 2歳児クラスと言っても4月生まれから3月生まれまでいるわけで皆が一応に言葉の理解が進んでいるわけではない。それこそ千差万別であることが前提だ。また一人前に話しているからと言って相手が話していることを理解しているかと言えば別だし、全く話さないのに話していることはわかるということもある。それぞれが違うんだと理解したうえでその子どもにあったコミュニケーションの方法をとることも必要になる。まだ言葉の理解が進んでいないときはそれを補う手段として何かを見せることは有効だった。とはいえ見たところでなんのこっちゃとなることもままある。

 2歳児は0歳児や1歳児に比べると体も大きいし、何よりもそこそこ話ができるようになるので、ある意味一人前に扱ってしまうこともある。僕たち大人は往々にして多少言葉をしゃべり始めると、こちらの言っている言葉を理解していると思いがちだけど、実際は大人が思うほど理解しているわけではない。大人同士ですら誤解というものがある。ましてや、高々生まれて2,3年しかたっていないのだ。それがわからない大人が多い。かくいう僕もその一人だ。とりわけ子どもに注意、もしくは説教しているとき、だんだん熱くなって喋りながら子どもの反応が悪いと「ちゃんとこっち向いて」「ちゃんと聞いてる?」「ちゃんとわかった?」とやたら「ちゃんと」「ちゃんと」を連発する。子どもたちはやさしい。とりあえずうなずいてくれる。それに一応満足して話を続ける。自分のほうが大して「ちゃんと」しているわけでもないのに。そういえば連れ合いからよく言われる。「ちゃんと洗ってね。」「ちゃんと干してね。」「ちゃんと面倒見てね。」等々。やさしさでは僕も子どもたちには負けないかもしれない。とりあえず連れ合いには黙ってうなずく。内心では「わかっとるわい!」と思いつつ。

 

 園庭の真ん中では渡が何か歌を歌いながら土に絵を描き、隆二が寝そべって、それを見ていた。南には直径1メートル長さ2メートルの土管があり、土管の中では康江と知香が座っておしゃべりをしていた。砂場では麦と波と朝美がままごとをし、ルーシーは3人にごちそうになっていた。そのわきで達彦と善と瞳が山を作り、薫と友子と武士は園庭中を走り回り、あきと千穂はリーちゃんとベンチに座っていた。太郎と幸夫は園庭の周りに生えている雑草やプランターの中を覗き込みながら虫探しをしていた。そして僕の隣には義樹がしゃがんでアリンコの観察に余念がない。

 

 「三つ子の魂百まで」という言葉がある。「幼い時の性質は老年まで変わらない。」という意味だ。つまり幼い時に身につけたことは一生ものだということだ。この場合「三つ子」がはっきりと3歳をさすかどうかはわからない。それでも3歳ころは人生の中でも重要だと思う。2歳児クラスの子どもたちは4月から次の年の3月の間に全員3歳になっていく。つまり2歳児クラスの一年はとても重要だということだ。

このころに身体が成長し、自由に動き回れるようになり、言葉もずいぶん話すことができるようになる。基本的に自分でやりたがりの子どもたちは自立して生活しようとする。食事、排せつ、清潔、着脱、睡眠など、あらゆる場面で自立を果たしていく。それとともに友だちと関わることが多くなりその中、でコミュニケーションの仕方やルールを知り、主張するだけではなく譲ることや待つことなども学んでいく。人は一人で生きていかなくてはならない一方で一人だけでは生きていけない。その土台を学び始める年でもある。

 僕たち保育士は子どもたちがこれから生きていくうえでの大切なものを得るお手伝いをする。僕たちが大切にしたいことは、子どもたち自身が自分の力で、生きるために必要なことを身につけることだった。人から教えられるよりもはるかに自分のものになる。僕たちはだからできるだけ子どもたちが自分たちですることを見守るようにしている。2歳児だからできないことはない。でもできない時もある。自分自身へのいら立ち、友だちとの葛藤。子どもたちが困っている時こそ僕たち保育士の出番がやってくる。

 子どもたちの話をよく聞き、子どもたちがどうしたいのかを共に考え、自分で考えるために、子どもたちには言い表しづらい気持ちや考えを言葉に表して伝えてあげる。いつでも、どんな時でも子どもたちを受け入れるため笑顔を絶やさず、親切に接する。そのことを忘れずに過ごそうと、とりあえずは思っている。三つ子のときに自立,自律をすっかり獲得できるわけでもなく、一生の課題かもしれない。また三つ子の時に自立、自律を得ようと格闘した気持ちは一生忘れないのかもしれない。三つ子の魂百まで。百歳の方から見れば僕たちもはなたれだ。僕たち大人も子どもたちと生活を共にする中で自分たちの自立、自律も得ていきたいと思う。

 保育園とは大人も子どもも共に成長できる場所だと思う。